日常の中の「もしも」に備える法律ノート

虐待で逮捕されるまでの流れと刑罰|法律の仕組みをわかりやすく解説

「虐待」は決して他人事ではありません。家庭や施設、職場など、あらゆる場所で起こりうる社会問題です。しかも、行為者本人が「しつけのつもり」「指導の範囲内」と思っていても、法的には犯罪となるケースも少なくありません。

この記事では、虐待の法的な定義から、通報・捜査・逮捕・起訴までの流れ、そして最終的に科される刑罰までを、できるだけわかりやすく解説します。法律の専門知識がない方でも理解できるよう、中学生でも読める言葉でまとめています。

虐待は被害者を守るだけでなく、加害者をも社会的孤立から救うために正しく理解することが大切です。この記事を通じて、「どの行為が犯罪になるのか」「通報したらどうなるのか」といった疑問を解消していきましょう。

虐待とは?どんな行為が犯罪になるのか

この章では、虐待の法律上の定義や、どのような行為が刑法上の犯罪となるかを具体的に解説します。

「虐待」の法的な定義とは

「虐待」という言葉は日常的にも使われますが、法律上の定義は非常に明確にされています。特に「児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)」では、児童に対する虐待を以下の4つに分類しています。

  1. 身体的虐待(殴る、蹴るなどの暴力)
  2. 性的虐待(性的行為を強要したり、見せたりする行為)
  3. ネグレクト(適切な食事や医療、教育を与えない)
  4. 心理的虐待(暴言、脅迫、無視、家庭内暴力の目撃など)

この定義は、児童だけでなく、障害者や高齢者に対する虐待防止法にも共通しており、「力関係を背景にした継続的な支配」がキーワードとされています。

つまり、暴力だけでなく、無視や暴言も「虐待」とみなされることがあるのです。

身体的な暴力(殴る・蹴る等)が犯罪になる理由

身体的な暴力は、刑法上の「暴行罪」(刑法第208条)「傷害罪」(刑法第204条)に該当します。暴行罪は「身体に対する不法な有形力の行使」、つまり軽く叩く行為でも成立する可能性があります。

一方、傷害罪は相手の身体に怪我を負わせた場合に適用され、たとえ家庭内の行為であっても犯罪とされます。たとえば、親が子どもを叩いて青あざを作った場合、それは「しつけ」ではなく「傷害」に該当する可能性があります。

実際に、裁判例では「体罰としての意図があっても、社会通念上許される範囲を超えた場合には犯罪が成立する」と判断されています。これは、家庭という閉鎖的な空間であっても、子どもの身体の安全は法によって守られるべきという考え方に基づいています。

「家庭内だから大丈夫」という考えは通用しません。法律は、あらゆる場所での暴力行為を犯罪として扱うのです。

心理的な虐待・無視・ネグレクトの具体例と問題点

心理的な虐待は、身体的暴力よりも発見が難しい問題です。たとえば、次のような行為が心理的虐待にあたります。

  1. 子どもを長時間無視する
  2. 人格を否定するような暴言を繰り返す
  3. 他の兄弟と不公平に扱う
  4. 「出ていけ」「いなくなれ」などの言葉で脅す

また、食事を与えない、病院に連れて行かないといった「ネグレクト」も虐待の一種です。これらは一見「怠慢」のように見えるかもしれませんが、結果として子どもの健康や成長を著しく妨げる重大な行為です。

心理的虐待は目に見えにくい分、本人や周囲が気づくのが遅れがちです。しかし、長期的に続くことで子どもの心に深い傷を残し、将来的にPTSD(心的外傷後ストレス障害)うつ病を引き起こすこともあります。

身体的暴力が「目に見える傷」なら、心理的虐待は「心に残る傷」。いずれも法が守るべき「人の尊厳」を侵す行為なのです。

性的虐待・障害者虐待・高齢者虐待の特殊な形態

性的虐待は、被害者が子どもであるか、障害者や高齢者であるかを問わず、非常に重い犯罪として扱われます。刑法では「強制性交等罪」「強制わいせつ罪」などが適用され、被害者の同意の有無にかかわらず、支配関係を利用した行為は犯罪とみなされます。

また、障害者虐待防止法高齢者虐待防止法でも、身体的・心理的・経済的虐待が明確に定義されています。たとえば、介護施設職員が利用者に対して暴言を吐く、必要な介助を故意に怠る、財産を勝手に処分するといった行為は、いずれも虐待に該当します。

これらのケースでは、「立場の強い者が、弱い者を支配する構造」が問題の根底にあります。家庭内だけでなく、職場や福祉施設でも同様の構造が生まれやすい点が特徴です。

性的虐待や障害者・高齢者虐待は、被害者自身が声を上げにくい環境にあるため、第三者の通報や周囲の気づきが何よりも重要です。

虐待が疑われたときの通報から捜査までの流れ

虐待の疑いがあるとき、どのように通報が行われ、行政や警察がどのように対応していくのかを理解しておくことは非常に重要です。この章では、通報の義務から捜査の開始までの流れを順に説明します。

通告・通報の義務とその対象(児童虐待の防止等に関する法律)

児童虐待防止法では、第6条「通告義務」が定められています。これは、児童の虐待を受けたと思われる場合、誰でも速やかに通告しなければならないという義務です。つまり、虐待の疑いがあれば、通報は“権利”ではなく“義務”とされています。

通報先は主に児童相談所福祉事務所警察などです。特に児童相談所は24時間体制で対応しており、匿名での通報も受け付けています。通報をした人が不利益を被ることは法律で禁止されています。

この法律の目的は、親を罰することではなく、子どもの安全を最優先に守ることです。したがって、通報が誤解であっても罰せられることはありません。逆に、通報を怠って子どもに被害が及んだ場合には、社会的な責任を問われることになります。

「気のせいかも」と迷うより、「もしかして」と思った時点で通報する勇気が、命を救う第一歩になります。

通報後、児童相談所・福祉・警察の関与が始まる場面

通報を受けた児童相談所は、まず初期調査を行います。家庭訪問や学校への聞き取りを通じて、子どもの安全を確認します。必要に応じて、警察や福祉事務所と連携しながら調査を進めます。

特に暴力性的虐待の疑いが強い場合、児童相談所単独では対応が難しいため、警察が介入します。警察は刑事事件として捜査を開始し、証拠収集や事情聴取を行います。

この段階では、まだ「逮捕」や「起訴」には至りませんが、関係機関が子どもの安全を最優先に動き始める重要なフェーズです。行政と警察の連携によって、虐待の早期発見と被害の拡大防止が図られます。

立入調査・児童の一時保護など、行政の措置の仕組み

児童相談所は、必要に応じて「立入調査」を行う権限を持っています。これは、家庭の同意がなくても児童の安否確認を行えるという強力な制度です。児童の安全が確認できない場合には、「一時保護」という措置が取られます。

一時保護とは、子どもを一時的に児童相談所や児童養護施設に預け、安全を確保する制度です。この間、親と子どもの面会は制限されることがあります。保護期間中に虐待の有無を詳しく調査し、必要に応じて家庭裁判所が介入します。

また、児童相談所が警察と連携して立入調査を行うケースも増えています。拒否や妨害があった場合、警察が同行し強制的に調査を実施することも可能です。

子どもを守るための「一時保護」は、親を罰するためではなく、安全を最優先に確保するための仕組みです。

警察捜査・被疑者としての調査に移る条件とは

行政の調査で明らかに虐待の疑いが強まった場合、事件は警察による刑事捜査へと移ります。警察は通報内容や児童相談所の調査報告をもとに、被害者や関係者からの事情聴取を行います。

この時点では、加害の疑いがある人物はまだ「参考人」として扱われます。しかし、暴行の痕跡や医師の診断書、目撃証言などの客観的な証拠がそろうと、警察は「被疑者」として正式に調査を開始します。

さらに、再度の暴行や逃亡の恐れがある場合には、逮捕の手続きに進むことになります。ここから先は、刑事事件としての正式な流れに入ります。

捜査の目的は、加害者を処罰するだけでなく、再発を防ぎ、被害者を保護することにあります。

虐待で逮捕されるまでの手続きの具体的なステップ

この章では、警察が虐待の疑いをどのように捜査し、どの段階で逮捕に至るのか、その手続きを詳しく説明します。

捜査機関が「被疑者」として関与を開始する段階

警察が「被疑者」として捜査を始めるのは、明確な証拠や供述がそろった段階です。たとえば、子どもに複数のあざがある、医師の診断で「外力による損傷」と判断された、または近隣住民からの目撃証言がある場合などです。

この時点で、警察は被疑者に事情聴取を行い、供述を確認します。もし供述に矛盾がある、証拠と一致しない場合には、さらに詳しい捜査が行われます。

なお、被疑者はこの段階から「黙秘権」「弁護士への相談権」を持っています。刑事手続きでは、これらの権利が厳格に守られます。

被疑者とされた人も、適切な法的手続きによって正当に扱われることが保証されています。

逮捕の種類:通常逮捕・現行犯逮捕・緊急逮捕とは

日本の刑事訴訟法では、逮捕には3つの種類があります。

  1. 通常逮捕(令状に基づく逮捕)
  2. 現行犯逮捕(犯罪行為の現場で行う逮捕)
  3. 緊急逮捕(令状がなくても緊急性がある場合の逮捕)

通常逮捕は、裁判官が発行した逮捕状に基づいて行われます。虐待事件の多くはこの形式が取られ、証拠や供述が固まった段階で実施されます。現行犯逮捕は、実際に暴力行為を目撃された場合などに適用されます。

緊急逮捕は、被疑者が逃亡するおそれが高く、証拠隠滅の危険がある場合に限定されます。後日、裁判所の令状で確認される必要があります。

いずれの逮捕も、警察が勝手に行えるものではなく、必ず法的根拠に基づいて実施されます。

逮捕状の発付・現場での逮捕手続きの流れ

通常逮捕の場合、警察は検察官を通じて裁判所に逮捕状を請求します。裁判官が「犯罪の疑いが相当である」と判断した場合にのみ、逮捕状が発付されます。

現場では、警察官が被疑者に対して「あなたを〇〇の容疑で逮捕します」と告げ、逮捕状を提示します。これを「逮捕告知」と呼びます。その後、身柄を拘束し、警察署へ連行します。

逮捕時には、被疑者の権利として「黙秘権」「弁護人選任権」が説明されます。取調べが始まる前に、弁護士と連絡を取ることも可能です。

逮捕は、あくまで「罪を確定する」ためではなく、「捜査を進めるための一時的な拘束」である点を理解しておく必要があります。

逮捕後の取り調べ・勾留・起訴までの流れ

逮捕された後、事件は警察・検察による取り調べを経て、起訴・不起訴の判断が行われます。この過程には厳密な手続きが定められており、被疑者の人権を守るための制度も存在します。

取り調べ(被疑者質問・黙秘権・弁護士対応)

逮捕後、警察は被疑者に対して「取り調べ」を行います。取り調べとは、事件の経緯や動機、関係者との関わりなどを確認するための重要なプロセスです。取り調べは録音・録画されることも多く、暴力や誘導が起こらないよう厳しく監視されています。

この段階で被疑者には「黙秘権」があります。つまり、無理に話す義務はなく、話したくないことを拒否しても構いません。また、弁護士を呼んで助言を受ける「弁護人選任権」も認められています。

弁護士は被疑者の権利を守り、違法な取り調べや不当な拘束が行われないよう監視します。虐待事件の場合、家族や周囲の誤解が生じやすいため、弁護士の存在は非常に重要です。

「取り調べ=罪を認めさせる場」ではなく、「事実を正確に確認する場」であることを理解しておきましょう。

検察官の勾留請求・裁判官の勾留決定の仕組み

警察は逮捕から48時間以内に、事件を検察に送致しなければなりません。検察官はその後、裁判官に「勾留請求」を行うかどうかを判断します。勾留とは、被疑者を引き続き拘束して捜査を続けるための手続きです。

裁判官が勾留を認めると、最長10日間(延長でさらに10日間)の拘束が可能になります。この間、警察や検察は被疑者への取り調べを続け、証拠を集めていきます。

ただし、勾留が認められるためには「逃亡のおそれ」「証拠隠滅の危険」があると判断されなければなりません。これらの要件がない場合、被疑者は釈放されます。

勾留は「罰」ではなく、「真実を明らかにするための調査期間」である点を誤解しないことが大切です。

起訴・不起訴の判断基準とは何か

勾留期間中、検察は集めた証拠や供述内容をもとに、「起訴するか」「不起訴にするか」を判断します。起訴とは、被疑者を正式に被告人として裁判にかけることを意味します。

起訴の判断基準は、「犯罪の証拠が十分にあるか」「社会的影響が大きいか」「被害者の意思」が重視されます。一方で、初犯で反省の意思が強い場合や、家庭内の事情などを考慮して不起訴処分になるケースもあります。

不起訴の場合、被疑者は即座に釈放されます。起訴された場合は、裁判所での公判に進み、罪の有無が最終的に判断されます。

起訴・不起訴の判断は、単なる「罰」ではなく、社会的な公正を保つための重要な決定なのです。

公判開始までの準備段階(証拠収集・被害者への配慮)

起訴が決まると、検察と弁護側の間で証拠のやり取りが行われます。虐待事件では、被害者の証言や医師の診断書、現場の写真などが重要な証拠となります。

また、被害者が心に深い傷を負っている場合、証言によって再び精神的苦痛を受ける恐れがあります。そのため、「ビデオリンク方式」など、被害者が直接法廷に出なくても証言できる制度も導入されています。

公判では、被告人がどのような意図で行動したのか、反省しているのか、再犯の可能性があるのかなどが総合的に判断されます。

司法の目的は、単に罪を罰することではなく、再発を防ぎ、社会の安心を取り戻すことにあります。

虐待の加害者に科される可能性のある刑罰とは

ここでは、実際に虐待行為が刑法上どのように処罰されるのか、代表的な罪名と刑罰を具体的に見ていきましょう。

身体的暴力の場合:刑法第208条・第204条等(暴行罪・傷害罪)の適用例

暴行罪(刑法第208条)は、相手の身体に対して暴力をふるった場合に成立します。罰則は「2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留・科料」です。

一方、傷害罪(刑法第204条)は、相手にけがを負わせた場合に適用され、刑罰は「15年以下の懲役または50万円以下の罰金」となります。特に子どもや高齢者への暴行は悪質とみなされ、実刑判決になることも多いです。

たとえば、子どもに日常的に平手打ちをしていたケースで、体にあざや骨折があった場合、明確な「傷害罪」として立件されます。

「しつけ」や「教育」として行った暴力であっても、結果的にけがを負わせたなら、犯罪として処罰されるのです。

ネグレクト・保護責任者遺棄罪の適用と量刑

ネグレクト(育児放棄)は、「保護責任者遺棄罪」(刑法第218条)に該当する場合があります。この罪は、自分が保護すべき立場にある人を放置し、生命や健康を危険にさらしたときに成立します。

刑罰は「3か月以上5年以下の懲役」となります。特に、食事を与えなかったり、病院に連れて行かずに命を落とさせた場合には、「保護責任者遺棄致死罪」(刑法第219条)が適用され、刑はさらに重くなります。

また、介護施設での高齢者放置や、障害者への介助拒否なども同様に処罰の対象となります。

「何もしないこと」もまた、重大な犯罪となることを忘れてはいけません。

性的虐待・わいせつ行為の場合:強制わいせつ罪等の法定刑

性的虐待の場合、刑法第176条「強制わいせつ罪」第177条「強制性交等罪」が適用されます。これらの罪は、被害者の同意がなく性的行為を強要した場合に成立します。

強制わいせつ罪の刑罰は「6か月以上10年以下の懲役」、強制性交等罪は「5年以上の有期懲役」と非常に重いものです。被害者が18歳未満である場合、より厳しい処罰が科されます。

さらに、加害者が教師や施設職員など「支配的立場」にあった場合、職務上の信頼関係を悪用したとして、量刑が重くなる傾向にあります。

性的虐待は、被害者の心を長期的に傷つける重大な犯罪であり、社会的にも強く非難されています。

加害者の背景・被害の程度・再犯性によって変わる刑の重さ

虐待事件では、行為の悪質性だけでなく、加害者の背景や再犯の可能性も考慮されます。たとえば、精神的に追い詰められていた、虐待を受けていた経験があったなどの事情は量刑に影響します。

また、被害者が重傷を負った場合や命を落とした場合には、より重い刑が科されます。再犯性が高いと判断された場合、執行猶予がつかないケースもあります。

逆に、被害者への謝罪や償い、再発防止の努力を行っている場合は、情状酌量が認められることもあります。

刑罰の目的は「報復」ではなく、「再発防止と社会復帰」。裁判ではそのバランスが慎重に見極められます。

まとめ:虐待で逮捕されるまでの手続きと法律知識を正しく理解し、被害者も加害者も救われる社会へ

虐待は、家庭や施設といった閉ざされた空間で起こることが多く、発見が遅れやすい問題です。しかし、通報や立入調査、捜査といった法的な仕組みを理解することで、早期に救える命があります。

また、虐待をしてしまう側にも、精神的・経済的な困難や孤立が背景にある場合が少なくありません。そうした人たちが社会から排除されるのではなく、支援を受けながら更生できる仕組みも大切です。

虐待を防ぐために最も必要なのは、「知ること」と「行動すること」。 もし周囲で気になる行動を見かけたら、ためらわず通報することが、被害者と加害者の両方を救う一歩になるのではないでしょうか。

社会全体で支え合い、誰もが安心して暮らせる環境をつくること。それこそが、虐待を根本からなくすための最も確実な道です。